既婚ビアンであることに、罪悪感はあるのか。
私はあります。
ただし、私の場合は夫に対してではありません。
夫との関係は、もう別の次元にあるから。
でも、彼女に対してはどうしても罪悪感が生まれてしまう。
なぜなら、私は彼女とだけ生きる道を選べないからです。
既婚ビアンの中には、離婚して彼女と生きる人もいます。
その選択を否定するつもりはないし、むしろ尊敬すらしています。
でも、私はできない。
私にとって「運命」は夫であり、彼女ではないから。
(まあ、そもそも私はモテませんけどね…笑)
今はもう、彼女を作りたいとも思わないし、欲しいとも思わない。
「彼女と生きられないなら、かわいそう」
そんな傲慢な気持ちがどこかにあるから。
私の恋愛は“フォルダ型”
私は「フォルダ型恋愛」です。
夫への愛と、彼女への愛は混ざらない。
打ち消し合わない。
別々のフォルダに保存されているような感覚。
世間では「女性は上書き恋愛」と言われるけれど、私は違う。
夫がいるからといって、彼女への愛情が薄れるわけではない。
だからこそ、余計に苦しい。
もう男性を恋愛対象として愛する気はない。
私は女性を愛している。
でも、それは“免罪符”にはならない。
「同性だから不倫じゃない」
そんな言い訳は、私はできない。
罪は罪として抱きしめる覚悟がないなら、
彼女は作ってはいけないのかもしれない。
罪悪感と共に生きるという選択
既婚ビアンであることは、ただの“属性”ではない。
選択の積み重ねであり、覚悟の連続です。
夫を愛している。
でも、女性を愛してしまう。
その矛盾を抱えたまま生きることは、決して楽ではありません。
それでも私は、私の形で生きていく。
罪悪感を否定しない。
言い訳で塗りつぶさない。
その上で、自分の人生を選び続ける。
それが、私の“既婚ビアン”という生き方です。
