トランスジェンダー女性は「女性」なのか|月夜の見解

ジェンター:女性

近年、「トランスジェンダー女性は女性なのか」という議論がSNSやニュースで絶えません。その中で私は、どうしても無視できない違和感を抱えてきました。

なぜなら──
私がこれまで出会ってきた誠実なMtFと、最近問題化している“トランス女性”と呼ばれる存在が、まったく別の人種のように見えるからです。

ここでは、私自身の経験と感覚から「女性とは何か」「女性の安全とは何か」を静かに綴ってみます。

私が出会ってきた誠実なMtFたち

私がこれまで出会ったMtFの人たちは、

  • 姿や所作が女性より女性らしく
  • 細やかな気遣いができ
  • 女性のテリトリーを尊重し
  • “女性として生きる覚悟”を持っていた

彼女たちは「女性になりたい」のではなく、
女性として生きる責任と誠実さを持っていました。

だから私は自然に、彼女たちを女性として受け止めてきました。

SNSで問題化する“トランス女性”への違和感

しかし近年、SNSで話題になる“トランス女性”は、私の知るMtFとはまったく違います。

  • 見た目も行動も男性にしか見えない
  • 女性を模倣したわざとらしい振る舞い
  • 女子トイレや女子風呂など女性のテリトリーに執拗に入りたがる
  • 女性を観察し、レポートとしてSNSに公開する
  • 「女性のふり」をして性的欲求を満たしているように見える

こうした行動を見ると、
彼らは“女性になった自分が好きな男性”であって、女性ではない
という意見に、私は強く頷いてしまいます。

なぜ二種類の“トランス女性”が存在するのか

私は、誠実に女性として生きるMtFを知っています。彼女たちは女性を尊重し、女性の空間を侵害しません。

一方で、

  • 女性の身体を持たないまま女性のテリトリーに侵入し
  • 女性を観察し
  • 女性を利用し
  • 女性を見下すような行動をとる

こうした人たちを、
「女性」と認めることはできません。

この二者は、同じ「トランス女性」という言葉で括れないのです。

女性の安全と尊厳を守るために

女子トイレや女子風呂は、
女性の安全を守るための最低限の装置です。

そこに、
自己申告だけで女性の身体を持たない人が入れる社会
には、私は強い危機感を覚えます。

女性の身体は歴史的に暴力の対象にされやすく、その現実を無視してはいけません。

結論:私は「トランス女性=女性」とは言えない

私は誰かを傷つけたいわけではありません。ただ、

誠実なMtFと、女性を利用する“トランス女性”はまったく別の存在だ
ということを、経験からどうしても無視できません。

そして私は、

生物学的女性の安全と尊厳を守るために、
「トランス女性=女性」と一括りにする風潮には反対です。

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