こんにちは、立花月夜です。今日は肩の力を抜いて、僕のルーツである「高知」と「実家」について、まったりと語ってみようと思います。
僕は高知県で生まれ育ちました。
高知の言葉はどちらかといえば関西寄りで、僕自身、東京に10年以上住んでいる今でも関西弁しか話せません。それなのに、この前ひさしぶりに高知へ帰省したら、なんと土佐弁が喋れなくなっていました。
……まあ、よく考えたら高知を出てからもう26年。暮らしていた時間よりも、離れてからの年月のほうがずっと長くなってしまったのだから当然かもしれません。
「オチのない会話」に戸惑っていたあの頃
子どもの頃、テレビをあまり見ない家庭環境で育ったこともあって、当時の僕は「標準語」というものに強烈な違和感を抱いていました。耳にするたび、背筋が「ウゾゾゾゾ……」と粟立つような感覚があったのをよく覚えています。
当時は高知に大阪の人が来ることは日常茶飯事でも、東京から人が来るなんて滅多にない時代でした。
上京したての頃は、関東の人の会話のテンポに本気で悩まされたものです。
「え? ……あ、そこで会話終わりなんや!?」
オチをつけずにさらっと着地する標準語の会話に、頭の中でツッコミの構えをとったまま宙ぶらりんになる日々。もちろん今ではすっかり慣れて、オチのない平和な雑談も穏やかに楽しめるようになりました(笑)。
実は知らない「高知の男性」
言葉だけでなく、人間関係も不思議と地元に根付いていません。
振り返ってみると、僕は東京の男性と付き合ったことがないのですが、実は高知県の男性とも付き合ったことが一度もないんですよね。
- 旦那:大阪出身(此花区)
- パパ彼:名古屋出身(たしか中村区)
- 元カレ:大阪出身
見事なまでに中京〜関西圏ばかり。というわけで、高知で生まれ育ったくせに「高知の男性の生態」についてはさっぱり知りません。
関東と関西が混ざり合う、不思議な食文化
そんな他所者目線で改めて高知を見つめ直してみると、文化の混ざり方がなかなか面白い街です。
例えば「ウナギ」は関東風の背開き。
だけど麺類といえば圧倒的に「うどん」文化。
そして、ざる蕎麦を頼むと当たり前のように「ウズラの卵」がついてくる。
関西の出汁文化と江戸の流儀が独自のバランスで溶け合っていて、食文化としては今でも大好きです。
「他人の街」になった故郷と、居心地のいい義実家
けれど、街としての魅力は感じつつも、今の僕にとって高知はもう「他人の街」であり、自分の故郷という実感はほとんど湧きません。母はまだ健在ですが、僕が幼少期を過ごした風景はすっかり様変わりしてしまいました。
世間ではよく「故郷に帰ると心が震える」「実家はホッとする」なんて言いますが、皆さんは「実家」に対してどんな思い入れがありますか?
僕はといえば、正直言って驚くほど何もないです(笑)。
なんなら、自分の実家よりも夫の実家(大阪)のほうがよっぽど居心地がいいくらいです。
行ってしまえばひたすらダラダラ過ごしているだけで、見事な「据え膳据え膳」。
義母さんにはいつも本当に感謝しています。(義父のことは嫌いですが、義妹や義弟は結構好きです)。血の繋がりよりも、現在の快適さのほうがよほど大事だったりします。
ノスタルジーがなくても、僕らしい
世間が求めるような「故郷への愛着」や「実家へのノスタルジー」に胸を焦がすことがない。
でも、そのあっさりとした薄情さというか、過去に執着しないドライな距離感こそが、実に僕らしいのかもしれません。
土佐弁を忘れ、標準語のテンポを覚え、関西弁で日常を生きる。
根無し草のようではありますが、動かない静けさを内核に持つ僕にとっては、過去の風景に縛られないこのくらいの軽やかさがちょうどいいのだと思っています。
