男の魂を持つ女が「女性」というジェンダーを選んだ理由

男性自認、男性他称、そして「女性」というジェンダー

私は「男性自認」であり、周囲からも「男性他称」で呼ばれることが多い。夫は私を「女性」として扱っていないし、子どもには「うちにはパパが二人いる」と言われる。そんな私が、あえて「女性」というジェンダー(性的役割)を選んだ理由について、少し語ってみたい。

子ども時代の違和感と肯定

おもちゃには「男の子のもの」と「女の子のもの」があった。私はそのどちらにも属したくなくて、分析したり、破壊したりすることが好きだった。実母には「男の子ならよかったのに」と言われ、パパ彼(父親のような存在)にも「お前が男なら面白いのに」と言われていた。

その言葉たちは、私の中の“男の魂”を肯定するようであり、同時に“女としての私”を否定するようでもあった。

「男になる」ことを選ばなかった理由

私は自分を「男の魂を持つ女」だと思っている。でも、男性になることは選ばなかった。なぜなら、遺伝子は変えられないし、「今の自分から逃げるのは漢らしくない」と思ったからだ。

それに、せっかく女に生まれたのだから、「女を楽しんでみよう」とも思った。これは、私なりの“男らしさ”であり、“女らしさ”でもある。

ジェンダーは役割であり、選択でもある

私が選んだ「女性」というジェンダーは、社会的な役割であり、私自身の選択でもある。自認が男性であっても、他称が男性であっても、私は“女として生きる”ことを選んだ。

それは、逃げではなく、挑戦であり、肯定でもある。

終わりに

「男の魂を持つ女」という言葉は、私の生き方そのものだ。ジェンダーは固定されたものではなく、選び取るもの。私は今日も、“女としての私”を楽しみながら、“男としての魂”を抱えて生きている。

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